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自身のツイッター内容のまとめ (脱出駅 EPISODE 4)

「問題」と向き合う

目の前に「問題」が立ちふさがった時、あなたはガッカリするだろうか? それとも・・・ワクワクする? 私はどちらかというと後者の人間です。建設業界を取り巻く後継者問題、私の妻が属する保育業界を取り巻く労働環境。それらは決して「解決できない問題ではない」と思っています。絶対にこの問題を解決してやるぞ、と思うと楽しくて仕方がない。私の働くエネルギーの源は、そこにあります。お金でもなく、地位とか名誉とか評価なんてものでもなく。

それら諸問題に背を向けたくない。子供たちにそんな問題を背負わせたくない。建設業界の後継者問題は、建設業に携わるプロにしか解決できないし、保育業界の労働環境を改善するのも、保育業に携わるプロにしか解決できません。しかしながら、それらの問題から背を向けてしまうから、「保育士は誰でも出来る仕事」などという言葉を外からぶつけられてしまう。プロフェッショナルを名乗るからには、それら諸問題と真剣に向き合って解決の道を探りたいのです。

世の中には様々な「問題」があります。仕事だけではない。家族、健康、老後、スポーツ、文化的活動、その他プライベートに関すること、時間、お金、メンタル的なことなど。

 これからの時代、与えられるだけでなく、

「それら諸問題を”自ら”見つけ出し、”率先して”解決しようとする姿勢」

が絶対的に必要になってくると私は思います。

私が今、主に戦っている問題は「時間」「老後」「教育」「建設業の諸問題」の4つです・・・が、私の個人的な問題についてこの場で語っても、読者の皆様にとっては退屈かと思いますので、今回は、身近なニュース等を題材にして色々と問題検証してみたい、というのが主旨となります。

 

◎NHKと日本相撲協会

NHKの放送受信料の徴収についての裁判についてニュース等で取り上げられたことで、改めて注目されています。大多数はNHKの徴収について「非難」の意見が殆どであるという体感があります。

「なぜNHKは民営化されないのか?」

これは少し考えてみれば直ぐに分かります。民営化された先には、数々の放送事業社、さらにはテレビという枠を超えて、インターネットの世界を含めた熾烈な競争社会に飛び込むことになります。そうなると今までのように、半ば強制的に徴収されている今の受信料の制度は崩壊し、収入が大幅に減ります。当然、NHK職員の給料も大幅にダウンするでしょう。さて、そういう結果が目に見えていながら、果たしてNHK職員は「民営化」という改革を断行するでしょうか?100%あり得ないと私は思います。

一方、日本相撲協会も元横綱による「暴力事件」により、改めて旧態依然とした姿勢を問われることになりました。過去にも「暴行死」「野球賭博」「八百長」などといった不祥事を度々起こしながら、その姿勢は全く変わることがありません。これを非難するだけなら簡単です。そもそも、この問題はなぜ解決されないのか?

私個人の意見を申し上げますと、この2つの問題は「連動」していると考えます。

もし仮にNHKが民営化されたとしたら・・・どうなるだろう?

大相撲放送の視聴率は確実に下落する。NHKも新たな視聴率を獲得するために「大相撲の放映の是非」を検討せざるを得なくなる。そうなると、日本相撲協会さぁ大変だ。大相撲放送の視聴率低下どころか、放映されなくなる(視聴率ゼロになる)可能性も出てくる。そうして大相撲そのものの人気が下落していく。なんとかして相撲の人気を獲得するために本腰を入れて改革を断行しなければならなくなる。勿論、不祥事など起こしたら本当の本当に致命的なダメージだ。

・・・というような流れになれば、日本相撲協会の旧態依然とした体質は一挙に変革する。しかしこれは「NHKの民営化」が前提の解決であり、非常に残念ながら現実的に実現しそうにはない。加えて、大相撲という日本の文化を守るために、これからも日本相撲協会はNHKによって保護され続けるだろう。

NHKが今の現状であり続ける限り、日本相撲協会も今の現状であり続ける。そういう「システム」になってしまっている。

そこにNHKならびに日本相撲協会の改革の難しさがあると私は考えます。

 

セクシャルハラスメント

昨年は「セクシャルハラスメント」等のハラスメントの件でSNSを賑わせました。加害者の実名をカミングアウトし、加害者に社会的ダメージを与え、日本中の興味を引き付けました。

思えば、私が小~中学生の頃から「セクシャルハラスメント」という言葉が存在していました(1990年前後)。あれから20数年経ってなおこの問題が取り扱われる、ということはすなわち、この問題はいまだ根本的な解決がなされないままである、ということです。それにより、被害者が加害者の実名カミングアウトという行動を引き起こすまでに発展させてしまいました。私達以前の人間が、もっとこの問題を真摯に向き合い、真剣に議論・討論を重ねて、解決策を生み出していれば、こんなことにならなかったハズです。この問題を、現在の20代の若者にまで背負わせていることに対し、30代後半の人間としては、非常に申し訳なく思っています。

その一方で、「加害者の実名カミングアウト」という点のみがメディアによりクローズアップされ、「・・・じゃあ、結局のところ”対応策”はどうするよ?」という観点についてはほとんど討論されていないように感じます。このままではいけません。

 建設業界では「けんせつ小町」という言葉が生まれ、女性進出の兆しが見えてきました。しかし、現実としては建設業界はマダマダ男社会です。私が危惧しているのは、「建設業=男社会」という感覚がまだ工事現場の中で染みついてしまっていることです。正直申しまして、セクシャルハラスメントに対する認知は、他の業界に比べて著しく低いと断言して、およそ間違いではありません。このままでは建設業界はますます時代の変化についていけなくなります

ではどうするか?

私が現在検討している案は、工事現場ごとに行われている「新規入場者教育」に「ハラスメント防止のガイドライン」を組み込むことです。出来れば、それを義務化することが望ましいと考えます。ハラスメントの防止は、労働者の安全・権利を守るという本来の目的のほか、生産性の向上にもつながると思っています。そのためにも色々な防止策を取り入れる姿勢が必要であると私は考えています。

 

◎なぜ、戦争はなくならないのか?

これは文明が生まれた紀元前3000年ごろから現代まで、実に5000年以上にわたって常に存在し続けた「問題」です。そして世界中の誰もがその問題に対して解決策を待ち望んでいたハズのものです。しかしながら現実は、世界中の誰1人、この問題を解決した人はいません。これは極端な話「人類として屈辱の極み」と言っていいのではないかと思っています。

ましてや国の指導者同士でミサイルを発射するだのなんだの、お互いを挑発し合っていること自体・・・不謹慎な言葉で片づけてしまえば「滑稽」です。ありえないと思っています。いつになったら人類は学ぶのだろう。そして、いつになったら人類は平和に向かって前進することができるのだろう。ニュースを見るたびにそんな寂しい気持ちが押し寄せています。

一体どんな理由で戦争は起こるのか?

どんな人達が戦争を引き起こそうと考えているのか?

 

私は、「戦争を止めさせるために戦いを模したゲーム(チャトランガ)を高僧が作って王に献上した」というエピソードが好きです。チャトランガは色々なゲームのルーツとなり、それがやがてチェスや囲碁・将棋などを生み出してきました。そんなエピソードを噛みしめて考えたときに、ふっと思った予想。

”戦争”以外の選択肢が目の前にあれば・・・戦争は起こらない?

ということです。つまり、戦争以外の選択肢が思い浮かばないから、戦争という選択肢を選ぶのではないか?という仮定です。そうなると、戦争を起こさないような人間になるためには、

選択肢を増やすことが出来る人間。選択肢を生み出すことが出来る人間。」

と言えるかもしれません。

世の中には、戦争を引き起こすことで儲かる人達(武器商人)も存在します。それもまた、それ以外の選択肢を生み出すことが出来ればイイのではないか?と考えています。それ以外の選択肢は何か?それはまだ分かりません。「楽しいこと」なのか、「お金が儲かるようなこと」なのか、「自己承認できるもの」なのか、それは人によって様々でしょう。いずれにしても「”戦争を引き起こす”以上の価値のある選択肢を増やしていく」こと、もっと言ってしまえば、「選択肢を生み出すことが出来る人間を育てていく」こと、それが私達の向かうべき道なのではないかと私は思っています。とりあえず、今お騒がせしている両国のトップには、お茶でもすすりながら、青空の下で畑を耕してみたらどうかな?と提案したいです。きっと、戦争なんかより、楽しいから。

 

◎「問題」と向き合う、ということ

 最近、ニュースやSNSやライター記事上で、特定の人物や団体を名指しで批判するだけの書き込みがあまりに多く、個人的には少し落胆しています。「〇〇はクソだ」「□□は終わってる」「△△は社会の害悪だ」などと言った表現に終始している。しかし、それだけで良いのでしょうか?私の意見を申し上げるならば「アナタは何が原因だと思うのよ?」「じゃあ、結局何をしたらイイと思うのさ?」ということです。

親方が悪いとか、横綱が悪いとか、日本相撲協会が悪いとか、私にとってはさして重要ではない。重要なのは「どうすれば旧態依然とした体質が変わるのか?」です。

セクシャルハラスメントを行った人は〇〇です」という実名は、私にとってはさして重要ではない。重要なのは「どうすればセクシャルハラスメントを撲滅できるか?」です。

両国のトップが相手に対して何と言って挑発したか?なんて全く重要ではない。重要なのは「どうやったら両国の緊張が解け、戦争を回避できるか?」です。

 

先日、イオンのお正月抽選会に行ってまいりました。

元旦に買い物をして抽選券を獲得したのに、「抽選は3日から」ということで断念してその日は帰宅。3日に時間を割いて再来店したところ、「抽選は終わりました」と告げられて、さすがに憤慨しました。その件についてはインターネット上でも取り上げられ、各地で不満が出ています。

 

でも。

ちょっと待って欲しい。

 

不満を言うだけだったら、誰でもできる。

「イオンの対応はクソだ」なんて、誰でも言える。

1歩。

ここで1歩。

踏み出して欲しいのです。

 

「じゃあ、どうすれば良かったのさ?」

 

問題に対してただ不満を垂れるのではなく、解決策を熟考し、提案する時代に差し掛かっています。それが正しいかどうかは分からない。解決策が出るかどうかも分からない。でも、目の前にある「問題」と真剣に向き合い、真剣に考えるということ、その姿勢が、自分の人生や、世界の選択肢を広げてくれると私は思っています。逆に「問題」と真剣に向き合わなければ、選択肢は広がりません。

 

否定するだけならだれでも出来る。しかし、否定だけからは何も生まれません。他人を否定するだけに終始する人は、これからの時代には必要とされなくなります。

 

目の前にある「問題」と向き合うことと、時代を切り開くことは同じなのです。