mts ノート

自身のツイッター内容のまとめ (脱出駅 EPISODE 4)

時間

 

仕事を語るとき。

趣味を語るとき。

プライベートを語るとき。

好きな人のことを語るとき。

お金を語るとき。

大切なモノは何かを語るとき。

人生を語るとき。

過去を語るとき。

未来を語るとき。

 

全て「時間」という言葉に行き着く。

 

「自分や他者に充実した時間を与えられるか」

「自分や他者のネガティブな時間を取り除けるか」

 

それが、生きるということなのだと思う。

 

この世の全ての事象について、「時間」とは無関係でいられない。

必ずどこかしらで「時間」とつながっている。

 

「人生の充実 = 時間の充実」

 

当たり前のその真理に達してから、自分の時間スピードは一気に加速した。

 

「幸せか、不幸せか」

それは自分が決めることじゃない。第3者が客観的にみて、勝手に決めたらイイ。

 

でも「人生は充実していたか、充実していなかったか」

それは自分の働き方で、大きく変化する。

 

今の私は、

自分の妻を始めとした家族・親戚一同、

仕事では、お客様や、協力会社様や、会社の社長・上司・先輩、

そして新たに出来る後輩。

 

自分の、みんなの人生をどうやって充実させられるか?

 

すなわち、

 

どうやって、問題を解決して、時間をストップしないようにできるか?

どうやって、ありとあらゆる活動を効率化できるか?

どうやって「時間」そのものを生み出すのか?

どうやって相手の「時間」を作り出せるのか?

どうやって自分の時間を「充実」させることが出来るのか?

どうやって相手に「充実した時間」を提供できるのか?

 

最近、そればかり考えている。

「時間」のことを解決するために、「時間」が惜しい。

 

自分の1つ1つの活動、人生そのものが、

時間の扱い方に関する“実験”そのもののような感覚になっている。

 

淡々とやっている。時には疲れることもある。

でもその探求がとても充実していて、とても楽しい。

 

今の私の人生の中で、一番の「時間泥棒」は何か?というと、

 

ズバリ「情報」だ。

 

特に、毎日のように垂れ流されているニュースなどは、いい加減うんざりしている。

今の私にとっては、大相撲がどうのこうのとか、2世タレントがどうのこうのとか、芸能人のお受験戦争がどうのこうのとか、正直、死ぬほどどうでもイイ。

 

ツイッターも疎遠になってしまった。正直、つぶやく時間も惜しい。

本当は、こうしてブログを書いている時間も惜しいくらいだけれども、自分に対するケジメのために、こうしてダダダッとキーボードをタイプしている。そろそろ音声入力なんていうのも挑戦してみようかなとも思う(著名人の方々は、もはや音声入力に移行しているらしいので)。

 

数年前までは、インフルエンサーになりたいとか、密かに自我丸出しの時もあったけれど、今は、それもまたどうでもイイ。インフルエンサーになっても、自分や家族の時間は全然充実しない。仮に、ユーチューバーとか、実況とか、プロブロガーとかやったとしても、妻や家族、周囲の人達に、「充実した時間」をどれだけ提供できるのか?自分には大変に難関なことのように思えて、チャレンジする選択肢など考えられない。

 

そこまで行くと、なんだか考えが狭くなっているような気がしていて、それはそれでまた少し心配だ。

 

最近は、仕事関係の人と会話するのも億劫になってきた。電話とかやめて欲しい、ましてや形式的な会議とか勘弁してほしい。なるべくメールかFAXか図面で「会話」させて欲しい、と真剣に思っている。やむを得ず打ち合わせが必要な時も、予め資料をメールで送っておいて、さらに当日も打ち合わせ用の資料を作成しておき、こちらでマーカーしたものを配布して、要点を絞って説明する。相手の時間を奪ってしまわないように。

 

究極的には、インターネットで調べる時間ももったいないと思うようになってきた。だからこそ必死で色々なことを勉強したいなと思っている。

 

ここまで行くと、もはや病気だ。

 

そうして「時間」が大切になると、今度は「お金」の使い方も真剣に考えるようになる。

 

「お金」は、時間そのものを手に入れるため、そして時間をより充実させるために存在する。それに気づいたからだ。「お金」の使い方が下手くそな人は、「時間」の使い方も下手くそだ。

 

さらに、時間の充実・合理化を求めて、色々なことに興味を持ち始める。

 

健康管理、段取り、マネジメント、料理、掃除、洗濯、整理整頓、買い物、モノの手入れ、自動車、自転車、スマートフォン、パソコン、電化製品、道具、イベント、場所、建物、旅行、遊戯、書籍などなど。

 

時間が惜しいから、ムダなことは極力排除したい。でも、時間を充実させるために、色々なことをやりたい。

 

矛盾している。

でも、そのことで悩むヒマもない。

 

きっとそれが人生なのだ。