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自身のツイッター内容のまとめ (脱出駅 EPISODE 4)

地図

夢を見た。

 

何度も大学を留年し、とうとう卒業できなかった夢だ。

 

私は大学を4回も留年した過去がある。授業の内容が理解出来ずにうつになった。うつになって授業の内容が理解できなかった。そんな地獄のスパイラルだった。

 

ギリギリ卒業してから10年以上経つというのに、いまだトラウマとして私の脳内に染みついている。

 

しかし、今回の夢は「自分を知る」ヒントにもなったように思う。今更のように思う。高校まで順調だったのに、なぜ大学でもがき続けたのか?そして、今、こうして建築業界にいる今もなぜ理解出来ずにもがき続けているのか?絶対的な努力が足りないせいもあるかもしれない。しかし、それだけではない何かがあるような気がしている。

 

例えば・・・そうですね、地図を例にあげてみます。

 

ステップ1

地図というのは、私達にとっては当たり前の存在かもしれない。でも世界中を見渡せば、「地図」の存在を知らない人ももしかしたらいるかもしれない。まずは、その存在を知っているか?もしくは存在を創造するか?スタートはそこから始まる。

 

ステップ2

そして地図をハイッと渡されて、地図の見方を教わる。自分でジーッと見ながら何となくそれがどういうものなのか理解したり、使い慣れている人から教わったりして、「地図」という知識を蓄える。

 

ステップ3

では地図の見方を理解したところで、実際に目的地に移動してみよう。でもすんなりと移動できるとは限らない。歩ける距離だと思っていたら、想定以上に遠くて、自転車とか自動車・公共交通機関でないと難しい距離だった(いわゆる縮尺の読み違い)とか、自動車で移動してみたら、途中で一方通行に突き当たり、進路変更を余儀なくされたとか。移動しているうちに、北とか東とか、方角が分からなくなってしまったとか、そういう失敗を繰り返すことで、地図の使い方に対する「理解度」を確認し、より理解が深まる。

 

ステップ4

人に教える。または、助手席などでナビゲートする。相手の苦手分野は何か?距離感か?方向か?交通ルールか?ステップ3が優秀だからと言って、ステップ4が優秀だとは限らない。相手の特徴をいち早くつかみ取り、それに沿って完璧にエスコートして、初めて「理解した」「身についた」と断言することが出来る。

 

教育のプロであれば、もっと詳しく説明できたり、あるいは異なる意見をされる方もいらっしゃるかもしれませんが、地図に限らず、「何かを理解する」ためには、以上のようなステップが必要となると私は考えている。

 

これは学校の勉強(学問)も同じ。

 

ステップ1。教科書の存在を知る。

ステップ2。教科書に書かれている内容を把握する(インプット)

ステップ3。問題集を解いて、正しく理解しているか確認する(アウトプット)

ステップ4。他人に教える。

 

高校の勉強までは、このステップ1~ステップ4までの道のりが十分に整備されている。だから迷うことなく「ゴール=理解」まで進むことができる。

 

しかし、大学は違う。各段階において十分に整備されていない。

私は化学専攻だった。特にステップ2以降は大変だった。ステップ2においては、専門用語が飛び交い、それに対する説明もなされないまま物語がどんどん過ぎていく。

「原子は”粒子性”と”波動性”の2重の性質を持っている」と記載されているだけ。何だそれ?全く意味が分からない。

「原子というものは基本的には”粒子”なんだけど、存在そのものが小さすぎて(ミクロなので)一般的な力学の物理法則に従って動いてくれない。しかし、研究を重ねていった結果、”力学”の性質を持って活動しない代わりに、”波”の性質を持って活動していることが判明した。だから原子というのもは、確かに”粒子”ではあるんだけど、その活動は”力学”のルール(法則)ではなく”波”のルール(法則)に従って活動する、不思議な存在なのだ」

・・・と、なんでそういう風に説明してくれないんだ?・・・と、ずっと不満に思っていた。

そしてステップ3。正しく理解しているか確認することが出来ない。なぜか?問題集が充実していないからだ。たまに見かけたと思ったら、掲載されているのは「解答」だけで、その解答に辿り着くまでの過程が何1つない。先生に尋ねてみても、先生毎に解釈が異なっていることはしばしばで、場合によっては「いや、これ、問題集の方が解答間違っている」などと言われる始末だった。

「絶対的な努力が足りない」といつも言われてきた。

それが悔しく、そして理不尽だった。

しかし、私はおそらく「整備されていない道」を歩くことが出来ない人間なのだろう。

 

33歳で建築の世界に飛び込んだ。

そこではステップ1の段階で既に躓いている。

例えば、工事前に「どんな書類を提出しなければならないか?」という問題。

自分で調べろ!そんなことも分からないのか!明らかに勉強不足だ!と言われるばかりでどうやって対応していいかわからなかった。

そして、つい最近、「建設業労務安全必携(一般社団法人 全国建設業協会)」という書籍があり、それに全て記載されているという事実を、5年目にしてようやく知った。

また、詳細図(納まり)についても「過去の先輩の図面データを見れば分かるだろう!」と言われるばかりだった。・・・いやいや、それって正しいという保証がどこにあるの? それで公共工事においてOKを出してくれる保証もないんじゃないの? 市や県や国で推奨されるような「標準」というものがあるんじゃないの? そういう疑問を解決するような答えをずーっと探し続けて、これもまたつい最近、「建築工事標準詳細図(社団法人 公共建築協会)」という本に全て記載されているという事実もまた、5年目にしてようやく知った。自分なりに色々と探したりもしていたが、見つけることも教えてくれることもなかった。ステップ1、つまり「勉強するための資料」の存在そのものが分からなかったのである。

 

「舗装されていない道」をスタスタと歩ける能力が、私にはないのだ。

その代わり、「舗装されている道」ならばゴイゴイと突っ走ることができる。

私はそんな人間なのだ。

 

舗装しなくても歩ける人もいれば、舗装してあげなければ歩けない人もいる。

前者は、後者の気持ちが分からない。怠けているようにしか見えないだろう。

前者が道路を舗装してくれるワケでもない。

では誰が舗装するのか?

 

自分しかいないのだ。

 

そんな絶望と希望をもって、楽しみながら、歯を食いしばって、道を切り開こう。

 

自分と同じ境遇の人間を、これ以上生み出したくないのだ。