mts ノート

自身のツイッター内容のまとめ (脱出駅 EPISODE 4)

「情報の発信・受信」とはどういうことか?

 

男も、女も、大人も、子供も。

 

1つ1つの言葉、または1つ1つの行動の指針となるのは「何かしらの結果が欲しい」という意識的な「意図」、若しくは無意識の「意図」からきている。

 

例えば、仕事。

皆さんは、上司やお客様などに叱られたことは1度はあるだろう。その上司やお客様は、貴方のことを思って叱ったのだろうか。そういう面も確かにあるかもしれない。しかし、そういう選択をしたのもまた「その人自身の意図」からきている。すなわち、様々な要因を総合的に集め、判断し、自分に対してどのような恩恵をもたらしたいのか?という意図をもって、その言葉は発されている。

「あなたの為を思って、言っているのよ」

「ナメてんのか!遊びじゃないんだよ!」

それはどんな意図があるのか?単純にムカついたのか?ストレスがたまっていたのか?その人を成長させて尊敬されたいのか?純粋にその人を応援したいのか?いずれにしても、イイ意味でも、悪い意味でも、その言葉の中心は「自分が何かしらの結果を求めているから」でしかない。それらの言葉は全て、その言葉を発した人が、今の環境に適応するために口から出た言葉なのだ。その意図は意識的かも知れないが、無意識かもしれない。それは分からない。

 

例えばツイッター

一言つぶやく。どんな内容であっても、つぶやく、という行為に対して必ずつぶやいた本人の「意図」がある。人気者になりたいのか?注目されたいのか?カッコイイ(カワイイ)と言われたいのか?お客様を増やしたいのか?助けて欲しいのか?尊敬されたいのか?それは本人(ユーザー)自身に自覚があるのか、ないのか、それは分からない。いずれにせよ、何気ないコメントから炎上コメントを発するということまで、必ず何かしらの「意図」がある。つぶやくだけではない。リツイートする行為。それも特定の人をリツイートし続けたり、特定の人を執拗にいいね!したり。それは必ずその人の意図がある。1つ1つのつぶやき、1つ1つのリツイート、1つ1つのイイね、1つ1つの返信・批判。イイ意味でも、悪い意味でも、行き着くところは「自分中心」でしかない。とある著名人が「みんなのために、今日もがんばるよ!」とつぶやいたとしても、それはつぶやいた本人が、何かしらの意図をもって、何かしらのリザルトを求めて、その環境に適応しようとした結果、出てきた自己中心的な言葉だ。もしかしたらインスタも同じかもしれない。

 

人間関係から、インターネットの世界まで。

この世界は、あらゆる「自己中心的な意図」に囲まれている。

 

自分自身もそれはもちろん例外ではない。

30代の前半の時、座右の銘として「利他主義」という言葉を掲げていた。しかし、その「利他」の精神というのは、ある意味「達観」していないとたどり着けない境地なのではないかと思う。「他人のために、他人のために」と思えば思うほど、それは自分のため、自分中心なのだ。自分は決して自己中心的じゃない!と思っていても、自己中心的なのだ。

 

「貴方のため」と口では言っても、自分に何かしらの「意図」があるからこそ、人はその言葉を発するし、あるいは何かしらの行動に出る。わざわざ自分が環境に「適応しない」ような行動をとる人は、そういない。自分に何かしらの利があるから、その言動が生まれるのだ。

最近、ツイッターの使用頻度がガタ落ちしたのは、それが理由です。

ツイッターって、色々な人達の、色々な言葉を聞くことが出来るけれども、その反面、それぞれのユーザーの「意図」に満ち溢れている環境でもあるんだと思った。それに気づいたとき、精神的に少し堕ちてしまった。

今、ツイッターのフォローしたユーザーの一部を「ミュート状態」にしている。

特に1日に何回もツイートするユーザーさんは、ミュートにしている。

そのユーザーさんがツイートすれば、ツイートするほど、その「意図」が私の脳に流れてきて、体調が悪くなってしまうからだ。

インターネットの時代。情報を集めることは大切だ。しかし、その情報は生きている。誰かが、何かしらの意図をもって発しているからこそ、インターネット上にその情報は存在している。だから、その情報の表面的な表現に振り回されないことが大切なんだなって。

今、こうして私がカタカタとキーボードを打ち込んでいるのも何かしらの「意図」がある。ストレス発散のためなのか?気持ちを整理するためなのか?無意識のうちに助けを求めているのか?私、mts本人もよく分かっていない。でも、いずれにしても、現状のなにかしらの環境に適応しようとした結果、このブログ記事が生まれようとしている。

それ自体は悪いことではない・・・と信じたい。

でも「情報に対する”防御策”のような技術」は必需品なのかもしれない。

今後もインターネットを利用していくとしたら、なおさらだ。

 

なんだかネガティブな内容になってしまいましたが。。。

 

要するに、「自分中心」であることを否定する必要がないけれども、周囲が発する言葉をいちいち気にしたり、鵜呑みにするようなことだけはするべきではない。つまりはそういうことを言いたかったのです。