mts ノート

自身のツイッター内容のまとめ (脱出駅 EPISODE 4)

無知の知

「オレは冒険者なんだぜ。行けない場所なんてない。」

昔遊んだ冒険RPGの主人公が、そんな類のことを言っていたような気がする。

 

あの頃の夢、いつから忘れていたのだろうか。

 

周囲を見回してみる。

大人って、分かっているようで、意外と何もわかっていない。

それはなぜ?

 

なぜかは分からないけど、冒険する気持ちは、加齢とともに失われていく。

自分の世界の広さを勝手に決めて、そこから出ようとしなくなる。

テリトリーの外側は常に自分にとって常に「危険」だと決めつける。

 

なぜかは分からないけど、大人は安定を求めたがる。

 

ニュースのこと。

社会問題のこと。

仕事のこと。

私生活のこと。

人の心。

自分のことでさえも。

 

大人は、自分にとって都合の良い真実だけを垂れ流す。

安全な場所で、安全な真実だけを矛として、盾とする。

 

外側の、新しい領域に、新しい答えがあるかもしれないのに。

 

私、mtsは、数年前からずっと、偏向報道について苦言を呈してきた。

それと同時に、最近のインターネット上での「世間の声」とやらも随分と偏っていて非常に居心地の悪さを感じていた。

 

某ジャニーズの某メンバーが強制わいせつ容疑にかけられた件についても、

「甘い」「病気」という言葉だけでは片付かない。

テレビでのコメンテーターのコメントなど、薄っぺらくて正直聞いていられない。

 

「甘い」という言葉は、行動科学的に言えば、さして意味のない言葉であるし、

「病気」と向き合う難しさを考慮していない発言も、私にとっては「不快」でしかない。

 

そしてこれらの偏った発言の数々によって、

「加害者は100%悪く、被害者は100%悪くない」

「この人はダメだけど、この人は黙認」

「タバコはダメだけど、酒は黙認」

などという、偏ったひずみが生じている。

 

「狂った世界のパワーバランスを変えるのだ」

昔遊んだホラーゲームの悪役が、そんな類のことを言っていたような気がする。

 

その悪役のように世界を一度リセットしようなどとは思わない。

 

が、私達1人1人が、

色々な世界・色々な方面から学ぼうとする姿勢を持ち続けなければならないと思う。

それはメディアだけではない。

繰り返しになるけれども、私達1人1人が、だ。

それほどまでに、「言葉を発信する」ということは責任が伴う

 

「無知」であることは悪くない。

でも、それで良しとしてはいけない。

自分に関係のあること、自分に関係のないこと。

色々なことを勉強する、ということは、とても重要なことのように思う。

 

私は先日、とある建設会社を退職した。

私は、建設のことを理解していなかった。

私は、仕事のこなし方を理解していなかった。

私は、お客様の要望に対する応え方を理解していなかった。

私は、同志の気持ちを理解していなかった。

私は、私自身のことを理解していなかった。

そして、

私は、それ以外のことも、全く理解していなかった。

 

それを知らなくても、生きていける。

確かにそうかもしれない。

それを知らなくても、自分には関係ない。

確かにそうかもしれない。

 

でも・・・それでイイのだろうか?

その想いこそが、自分の人生のバランスを崩壊させてしまうのではないか。

 

漠然とだけど、

いま、そういうふうに反省している。

 

今一度、自分を見つめなおしたい。

 

自分の残りの人生の時間、どのように使うか?

 

しっかりと考えて、しっかりと歩んでいきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレは冒険者なんだぜ。行けない場所なんてない。」

 

昔遊んだ冒険RPGの主人公が、そんな類のことを言っていたような気がする。